第24回睡眠環境学会発表原稿(テキストデータのみ)

1.蚕糸業のおいたち
 群馬県における養蚕の起源は,今から千二百年以上前の奈良時代初期,上野国(こうずけのくに)から朝廷に「あしぎぬ」(上絹ではない太絹)を上納した頃であろうといわれている.その後,中世に入 り多野郡吉井町周辺を産地とする日野絹(ひのぎぬ),天平年間に奉納された桐生地方を産地とする仁 田山絹(にたやまぎぬ)は上州の特産となり,繭,生糸,織物の産地としての地位を築いた.  1859年の横浜開港後,蚕種(蚕の卵)と生糸は日本の重要な輸出品となった.明治5年,わが国最初 の鉄道として開通したのが新橋−横浜間.その12年後の明治17年にわが国最初の私鉄として誕生したの が,上野−高崎間の高崎線である.両毛地区の生糸を横浜港から世界へと輸出し日本の産業の先駆的役 割を果たした.同年,前橋まで開通したこの鉄道は長さ108キロメートル,工費は現在の価値に換算し て百数十億円という巨額な費用を投じたものであった.その後,両毛線,上信電鉄,八高線,信越線と 全国に先駆けて整備された鉄道網は繭,生糸,絹織物を運び,群馬県の近代化を支えた. 品質の良い繭,豊富な水,燃料としての石炭を確保できることから,日本の近代化を担う洋式機械式 製糸のモデル工場として,明治5年に官営富岡製糸場が誕生し,また,当時,農家の副業として盛んで あった座織り製糸では,碓氷社を代表とする組織化も進められ,この2社を中核として県内各地に製糸 業が発達した.

2.現在の蚕糸業
 21世紀に入り産業構造や国際情勢が変化する中,地域経済や文化の形成に大きな役割を果たしてきた蚕糸業も,年々,縮小の一途をたどっている.群馬県の繭生産量も,戦後,昭和43年をピークに縮小傾向にあり,特に,平成になってからの縮小は著しく,平成8年から12年までの群馬県における養蚕戸数,桑園面積は二分の一以下に,収繭量,生糸生産量は30%以下に減少している(表1).ポリエステルなどの石油化学製品の普及,養蚕業を担う職人の高齢化,海外からも低価格の繭,生糸,織物製品が輸入され,現在では純国産品は市場全体の5%ともいわれている.このような状況ではあるが,群馬県は「世紀二一」や「ぐんま200」という優れた特性を持つオリジナル蚕品種を開発し,国産繭の44%,生糸の43%を生産する日本一の蚕糸県を維持している(図1).

表1.群馬県の養蚕戸数,桑園面積,収繭量,生糸生産量,オリジナル蚕品種普及率の推移2).


図1.群馬県の収繭量(平成15年度:単位t)

3.真綿ふとん
 真綿とは繭を綿状に引き伸ばしたものをいい(もめん綿と区別するために真綿と呼ばれるようになった),これをふとんの中材に使用する.ふとんの側生地も絹を使用すれば100%の繭製ふとんになる.真綿は5,6個の繭を袋状に拡げ一つのわたの塊とする袋真綿と四角い木枠に繭を拡げて作る四角い形をした角真綿がある.この綿を何枚も重ねて拡げ150×210cmの大きさに形成するが,一枚一枚が手作業で行われるため,その完成までには大変な労力を必要とする.真綿ふとんの特徴は,繊維の熱伝導率が低く保温性に優れ(図2),水分率も高いために吸放湿性も大変良い.さらに,軽く肌触りもしなやかで,天然素材でもあり,昔から高級品として扱われている.
 

図2.素材の違いによる嵩高と保温性の関係
(第10回睡眠環境シンポジウムより)


図3.真綿ふとんの作成現場

4.これからのシルク(繭製品)
 繭が作り出す繭糸は,フィブロインという繊維を形成する物質とその外側を覆っているゼラチン様物質のセリシンという二種類のタンパク質でできている(図3).このセリシンは,これまで,水溶性であるため繭から糸を取り出す加工段階で大部分が除去されていた.また,このセリシンを豊富に含む繭毛羽も生糸に向かない短く硬い繊維としてほとんど廃棄されていた.だが,最近の研究で様々な特性が明らかになり,その価値が高まっている3).その特性は,強い抗酸化性を有し活性酸素の発生を抑制すること,また,チロシナーゼ活性の阻害作用を有しメラニン色素発生を抑制することである.古くから製糸工場の従業員は手肌の荒れが少なかったという事実からもうなずけるものである.これらの機能はアトピー性皮膚炎の治癒にも有効であることが明らかになっている.その他にも,ミネラル吸収促進作用,血糖値抑制効果,皮膚がん抑止効果など多くの効能が報告されている3).このセリシンを抽出して真綿に再添加することによってその機能を高め,肌に優しい寝具を開発することができる.また,シルク以外のポリエステルなどの他の素材にこの抽出液を添加することによってシルク同様の機能を付加することも可能になる.このセリシンの抽出と加工に関する技術は産学官連携によるプロジェクトによって現在,実用化されつつある.シルクを利用した製品は,その他にも,食品分野では血糖値を下げるアルコール分解促進,医療分野では人工腱,抗血栓性血管,コンタクトレンズ,人工皮膚,創傷被覆剤,縫合糸,などにも利用され,シルク製品は今後寝具にとどまらずあらゆる方面への応用が期待されている.
 
 
図3.繭糸の電子顕微鏡写真
 シルクの本体である2本のフィブロインとその周りを覆っているセリシン.繭糸の直径は約15μm.
 (STAZION SPERIMENTAL PER LA SETA資料)
 
表2.セリシンの機能性


5.最後に
 寝具業界は今,真綿ふとんに限らず海外からの安価な製品にもおされ,厳しい状況に立たされている.この様な状況では,科学的データを基にした質の高いホンモノの製品を作り出すことが重要である.寝具製品の機能の評価法も年々開発され,多くの科学的観点からの評価が可能になってきている.今後も,このよう考えを基本に新しい製品を生み出すために努力したい.
 
参考文献
1)ぐんまのきいと,群馬県農業局蚕糸園芸課,p1−p2,2005
2)藤木貴和:群馬県における蚕糸業の現状,シルク情報,12.1号,2001年
3)加藤範久:セリシンの生理機能の解明とその応用,セリシンシンポジウム予稿集,2004年

第24回 睡眠環境シンポジウム 栃木県足利 平成18年10月